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和歌山地方裁判所 平成2年(行ウ)3号 判決 1992年10月14日

和歌山県御坊市島二四七番地

原告

津村カヤ

右訴訟代理人弁護士

中松村夫

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

井越登茂子

豊田誠次

松原住男

樽井保

青山龍二

浅田洽爾

山本幸生

中井保弘

主文

原告の主位的請求をいずれも棄却する。

原告の予備的請求をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 被告は原告に対し、金三億四三七万二一二一円及び内金二億二〇八二万五三〇〇円に対する平成二年二月一日から、内金六五八九万八〇〇〇円に対する同年六月一日から、内金一七六四万八八二一円に対する同年一一月一六日から、いずれもその還付のための支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  予備的請求

(一) 御坊税務署が平成二年一月二六日付で受理した津村清名義の昭和五九年分の所得税の修正申告は無効であることを確認する。

(二) 御坊税務署が平成二年一月二六日付で受理した津村清相続人代表者津村カヤ名義の昭和六〇年分の所得税の修正申告は無効であることを確認する。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主位的請求

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

2  予備的請求(本案前の答弁)

(一) 原告の請求をいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  主位的請求

1  請求原因

(一) 原告は、平成二年一月二六日、昭和五九年分及び同六〇年分の所得税の修正申告書を、昭和五九年分については津村清名義で、同六〇年分については津村清相続人代表者津村カヤ名義で、それぞれ所轄の御坊税務署に提出した(以下、これらを一括して「本件修正申告」という。)。

(二) そして、原告は、平成二年一月三一日、右二年分の本税合計金二億二〇八二万五三〇〇円を、同年五月三一日、右二年分の重加算税合計金六五八九万八〇〇〇円を、同年一一月一五日、右二年分の延滞税合計金一七六四万八八二一円をそれぞれ被告に納付した(納付金合計金三億四三七万二一二一円)。

(三) ところが、右津村清は昭和六〇年一〇月一日死亡している。

(四) 昭和五九年分の修正申告の無効

昭和五九年分の修正申告は納税義務者ではない故人の右津村清名義でなされたものであるから、課税要件を欠き無効である。

(五) 昭和六〇年分の修正申告の無効

(1) 確定申告書を提出すべき者が死亡していた場合に、相続人が二人以上あるときは当該申告書は各相続人が連署による一つの書面で提出しなければならない(所得税法施行二六三条二項本文)ところ、実務上は、相続人全員が署名押印して相続人代表者を指定した付表(相続人の代表者指定届出書)を申告書に添付し、指定された相続人代表者名義で申告する取扱いがなされている。

(2) ところで、修正申告書には、その申告に係る国税の期限内申告書に添付すべきものとされている書類があるときは、当該書類に記載すべき事項のうち、その申告に係るものを記載した書面を添付しなければならない(国税通則法(以下「通則法」という。)一九条四項)ので、修正申告書を提出すべきものが死亡した場合に、相続人が二人以上あるときには確定申告書を提出する場合と同様に、相続人全員が署名押印して相続人代表者を指定した右付表(相続人の代表者指定届出書)を修正申告書に添付しなければならず、その上で、指定された相続人代表者名義で修正申告がなされることになる。

(3) ところが、右津村清の法定相続人は一四名存するところ、昭和六〇年分の修正申告書には右付表(相続人の代表者指定届出書)が添付されておらず、かつ、各相続人はいずれも相続人代表者として原告を指定した事実もない。

(4) したがって、同年分の修正申告は右通則法一九条四項、所得税法施行例二六三条二項本文に違反し、無効である。

(六) したがって、被告は、合計金三億四三七万二一二一円を不当に利得し、原告は同額の損失を受けた。

(七) よって、原告は被告に対し、不当利得金三億四三七万二一二一円及び内金二億二〇八二万五三〇〇円に対する平成二年二月一日から、内金六五八九万八〇〇〇円に対する同年六月一日から、内金一七六四万八八二一円に対する同年一一月一六日から、いずれもその還付のための支払決定の日まで通則法五八条所定の七・三パーセントの割合による還付加算金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) (一)、(二)、(三)の事実は認める。

(二) (四)の主張は争う。

(三) (五)の(1)及び(2)の事実は認める。

(五)の(3)の事実中付表(相続人の代表者指定届出書)が添付されていなかったこと、津村清の相続人が一四名存在することは認めるが、その余の事実は不知。

(五)の(4)の主張は争う。

(四) (六)、(七)は争う。

3  抗弁(過誤納金消滅の抗弁)

(一) 御坊税務署長は、本件修正申告書をいずれも無効として取り扱い、通則法五条一項及び二項の各規定により各相続人に承継された、被相続人(津村清)に課されるべき国税について、改めて各相続人に対して、確定手続を行うこととし、平成三年九月三〇日付で、津村清の相続人である原告ほか一三名に対して、昭和五九年分所得税については、通則法二四条及び同法六八条に基づいて更正及び重加算税の賦課決定をし、同六〇年分所得税については、同法二五条及び同法六八条に基づいて決定及び重加算税の賦課決定を、それぞれ行い(以下、昭和五九、六〇年分の所得税に係る各処分を一括して「本件更正・決定等処分」という。)、通則法二八条に基づいて本件更正・決定等処分の通知書(乙第一ないし二八号証)を送達した。

本件更正・決定等処分により、原告らが納付すべきこととなった承継税額は、別表一「平成3年9月30日付け更正・決定等により納付すべきこととなった承継税額内訳表」に記載のとおりである。

(二) しかして、相続人が二人以上ある場合に、相続によって得た財産の価額がその継承した国税の額を超えている相続人は、通則法五条三項の規定によりその超える額を限度として、他の相続人が承継した国税を納付する責めに任ずるところ、原告は、相続税の修正申告書(乙第二九号証)によれば相続によって得た財産の価額が少なくとも八億六七四六万九三六六円であり、一方、承継した国税の額は二億九一五九万七七〇〇円(別表一の1に示す本税と重加算税及び延滞税(別表四の延滞税の計算明細書記載のとおり)との合計額)であり、右二億九一五九万七七〇〇円を超える五億七五八七万一六六六円を限度として、他の相続人が承継する国税(別表一の2に示す額とこれに併せて納付すべき延滞税との合計額)につき納付責任を負うものである。

(三) 本件修正申告書をいずれも無効として取り扱うことにより、原告が既に納付している本税二億二〇八二万五三〇〇円、重加算税六五八九万八〇〇〇円及び延滞税一七六四万八八二一円の合計金額三億四三七万二一二一円(別表二の1)は過誤納金となり、また、これに対する通則法五八条(本税及び延滞税については同条一項三号、重加算税については同項一号イ)の規定により計算した還付加算金は三三〇〇万八二〇〇円(別表二の2)となり、右過誤納金及び還付加算金の合計額は、結局、三億三七三八万三二一円(以下「本件過誤納金等」という。)となる(別表二の5)。

(四) ところで、国税として納付された金員について、それに対応する確定した租税債務が存在しない場合には、通則法五六条にいう過誤納金として右金員を納税者に返還すべきであるが、通則法の過誤納金に関する規定は、納付された国税に関し、民法の不当利得に関する規定に対する特則を定めたものであると解するのが相当であるから、本訴における原告の不当利得返還請求は、通則法に定める過誤納金の還付請求にほかならないものであり、元来、還付請求によって処理されるべきものである。

(五) しかしながら、御坊税務署長は、通則法五七条一項の規定により、充当適状日である平成三年九月三〇日(通則法施行令二三条一項一号及び六号)に、本件過誤納金等三億三七三八万三二一円を、本件更正・決定等処分により原告が納付すべきこととなった承継税額の本税、重加算税及び延滞税の全額合計二億九一八二万四五〇〇円(別表三の2当初の充当額のとおり)と、原告以外の相続人一三名が承継し、原告が通則法五条三項に基づき納付すべきところの昭和五九年分の本税二八三一万六九〇〇円(全額)及び同六〇年分の本税一七二三万八九二一円(一部)合計四五五五万五八二一円(別表三の3の当初の充当額のとおり)とを総合計した三億三七三八万三二一円(別表三の4当初の充当額のとおり)に、それぞれ充当し、同条三項の規定により、同年一〇月七日、原告に対して右充当をした旨の通知を「国税還付金充当通知書」により行った。

(六) しかるところ、その後、右充当金額のうち、原告が納付すべきこととなった承継税額である昭和五九年分の延滞税(通則法六〇条二項及び同法六一条一項一号の規定により計算した額)について、二二万六八〇〇円を多額に計算して充当していることが判明したので、御坊税務署長は、原告が納付すべきこととなった承継税額への充当金額を二二万六八〇〇円減少させて(別表三の2 昭和五九年分所得税の延滞税額欄 補正後の充当額のとおり)、原告以外の相続人一三名が承継した六〇年分の本税への充当金額を二二万六八〇〇円増加させる内容の補正を行い(別表三の3 昭和六〇年分所得税額欄 補正後の充当額のとおり)、平成三年一一月一日、原告に対して、充当金額を補正した旨の通知を「国税還付金充当通知書の充当金額の補正について」により行った。

(七) 以上のとおり、本件過誤納金等の返還義務は、別表三の4の補正後の充当額のとおり、充当適状日の平成三年九月三〇日にすべて充当により消滅した。

4  抗弁に対する認否

すべて認める。

二  予備的請求

1  請求原因

主位的請求の請求原因の一、三、四、五項にあるとおり本件修正申告は無効である。

2  被告の主張(本案前の答弁の理由)

(一) 所得税法における申告納税の制度は、納税義務者をして、自己の納税義務の具体的内容を決定の上、これを税務官庁に申告せしめ、その申告に係る納税義務の実現を企図するものであって、納税義務者は右の申告行為により具体的な租税債務を負担するに至るのであり、この申告行為は納税義務者と国との間の具体的な法律関係(租税債務債権関係)を発生せしめるための一の法律要件をなす前提事実にほかならない。

しかるところ、法律関係そのものの存否ではなく、法律関係発生の前提事実にとどまるものについて、有効無効の確認を求める訴えは許されないものと解すべきである。

したがって、本件修正申告の無効確認の申立ては、法律関係そのものの存否の確認を求めるものではないから、不適法である。

(二) しかも、原告は、既に本件修正申告の無効を前提として、納付済みである金員の支払いを求め、公法上の法律関係に関する不当利得返還請求訴訟を提起しているのであり、原告は、同訴訟によって、修正申告の無効を前提とする公法上の法律関係についての救済を裁判所に求めているのであるから、これとは別途にもはや本件修正申告の無効確認を求める利益は存在しないところである。

(三) 所得税の修正申告は、公法関係における行為であるものの、一私人のする行為であるから、行政事件訴訟法三条にいう処分(行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為)には該当しないのであり、本件修正申告の無効確認の申立ては、この点からも不適法であるといわざるを得ない。

(四) 以上のとおり、本件予備的請求はいずれにしても不適法であり、速やかに却下されるべきである。

3  被告の主張に対する原告の反論

(一) 租税法のもとにおいては、私法関係と異なり、法的安定性、法律関係の明確性の要請が強く支配しているのであるから、納税義務の確定という公法上の効果の発生をきたす要式行為である納税申告の有効性については、厳格にこれを判断しなければならない(最高裁判所第三小法定昭和四六年三月三〇日判決刑集二五巻二号三五九頁参照)ところ、本件において、原告は昭和五九年分の修正申告については課税要件を欠いていること、同六〇年分のそれについては申告手続が違法無効であることを理由に、各修正申告の無効確認を求めているのであって、被告の主張は失当である。

原告は、そもそも、行政事件訴訟法四条に基づく実質的当事者訴訟として、誤納金の不当利得返還請求訴訟を提起したのであって、その判決に当たっては理由中において、本件修正申告の効力の判断をしなければならないものであるから、被告に不当利得返還義務がなくなったからといって、本件修正申告の無効確認を求めることが許されなくなるとはいえない。

(二) 原告が本件修正申告の無効確認を求める予備的請求をしなければならなくなったのは、被告において、本件修正申告が無効であり、このまま本件訴訟を継続すれば裁判所によって被告敗訴の判決がなされることが明白であるため、この裁判所の判決を回避すべく、本件訴訟が係属中であるにもかかわらず、しかも、本件訴訟において本件修正申告が無効であるとする原告の主張を争っているのに、訴訟外において、本件修正申告を無効として取り扱うとして、改めて、被告のいう本件更正・決定等処分を行い、本件修正申告を無効として取り扱うことにより発生した誤納金等を、改めてなした更正・決定等処分により発生した本税等に充当するという奇策に出たからに他ならない。しかも、本件訴訟の経過を見れば明らかであるが、本件の第一回口頭弁論期日が平成三年二月二〇日と指定されていたのを被告の準備不足という理由で同年四月一〇日に変更となり、右期日には同日付けの答弁書が陳述されたものの、第二回口頭弁論期日において、被告が本件修正申告が有効であるとする具体的な根拠を明らかにする予定となっていたのに、被告は、同年六月一一日の第二回、同年九月二五日の第三回各口頭弁論期日においても、検討中とのことで何ら被告の主張を明らかにせず、訴訟を徒に引き延ばし、同年一一月二〇日の第四回口頭弁論期日までの間に、前記の如く、本件修正申告を無効として取り扱うとして、誤納金等を改めて発生した本税等に充当するという行為に出たのである。つまり、被告は、本件訴えが提起された当初から、裁判所によって本件修正申告が無効であるとの判断がなされるのを回避しようとして、本件訴訟を引き延ばしておいて、その間に速やかに調査をした上、改めて更正・決定等の処分をする方針の上に、訴訟では、本件修正申告の無効を争う態度を示して時間を稼ぐ一方、訴訟外では本件修正申告を無効として取り扱うとして前記の処分を行ったのである。

このような被告の行為は、被告が国であるが故に極めて遺憾であるといわざるを得ないが、それはともかく、被告は、訴訟外においても、本件修正申告を無効として取り扱ったに過ぎず、本件修正申告が無効であることを認めたものともいえないのであり、本件の如き事情の下においては、本件修正申告の無効確認を求める法律上の利益はなお存在する。

(三) 原告は行政事件訴訟法三条に基づき、本件各修正申告の無効確認を求めているのではない。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録記載の通りであるから、これを引用する。

理由

一  主位的請求について

1  請求原因(一)、(二)、(三)の事実、(五)の(1)及び(2)の事実、(五)の(3)の事実中付表(相続人の代表者指定届出書)が添付されていなかったこと及び津村清の相続人が一四名存在することは、当事者間に争いはなく、(五)の(3)の事実中その余の事実は弁論の全趣旨により認めることができる。

そして、被告の主張によれば、本件訴訟係属中に、訴外御坊税務署は、抗弁記載のとおり、訴訟外で本件修正申告を無効と取り扱った上、新たに、本件更正・決定等処分をし、過誤納金については平成三年九月三〇日に充当の措置をとったというのであるから、被告は本件修正申告が無効であるという原告の主張を、結局のところは明らかに争っていないものと認められ、以上の事実によれば、津村清の昭和五九年、昭和六〇年の国税についてなされた本件修正申告はいずれも無効といわなければならない。

2  抗弁事実については当事者間に争いはない。

3  よって、原告の主位的請求は、結局理由がないことに帰するので、棄却を免れない。

二  予備的請求について

原告の主張によれば、原告の請求は要するに行政事件訴訟法上の当事者訴訟としての無効確認の訴えであるというのであるが、無効確認の訴えの対象となるのは法律関係そのものの存否に限られ、法律関係発生の前提事実にとどまるものについては、原則として有効無効の確認を求める訴えは許されないものと解すべきところ、原告の予備的請求は、原告と国との租税法律関係について無効の確認をもとめるものではなく、その前提となる私人の税務署に対する申告行為について無効の確認を求めるものにすぎないから、原告の請求は、法律関係そのものの存否の確認を求めるものとはいえず、原告が主張する本件の訴訟経過等を考慮しても、原告に本件申立行為の無効の確認を求める利益は認められない。

したがって、原告の予備的請求は、確認の利益に欠けるので、不適法として却下を免れない。

三  よって、原告の主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求はいずれも不適法であるのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 林醇 裁判官 中野信也 裁判官 釜元修)

別表一 平成3年9月30日付け更正・決定等により納付すべきこととなった承継税額内訳表

1 原告が納付すべきこととなった承継税額

<省略>

2 原告以外の相続人13名が納付すべきこととなった承継税額

<省略>

3 承継税額の総計(1+2)

<省略>

別表二 過誤納金等の内訳表

1 納付に係る過誤納金の額 304,372,121円

(過誤納金の明細)

<省略>

2 還付加算金の額 33,008,200円

(還付加算金の計算明細)

<省略>

3 合計昭和59年分所得税の修正申告に係る過誤納金等の額 174,056,823円 (本税113,271,600円、加算税延滞税等 43,801,023円、還付加算金 16,984,200円)

4 合計昭和60年分所得税の修正申告に係る過誤納金等の額 163,323,498円 (本税107,553,700円、加算税延滞税等 39,745,798円、還付加算金 16,024,000円)

5 合計過誤納金等の額(3+4) 337,380,321円

別表三 充当等の内訳表

1 還付金等の総額 337,380,321円

2 原告が納付すべきこととなった承継税額への充当額

<省略>

3 原告以外の相続人13名が納付すべきこととなった承継税額への充当金

<省略>

4 充当額の総計(2+3)

<省略>

別表四 乙第32号証(国税還付金充当通知書の充当金額の補正について)と別表三等との関係説明表

<省略>

<省略>

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